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京都市
・新選組誕生、活躍の地
・乱世幕末の中心舞台
・京風=和風
平安から明治の東京遷都まで、都が置かれていた街。数々の歴史の中心舞台となっており、第2次大戦中の空襲にも合わなかったため、今なお多くの史跡が残る。
幕末の動乱期には、佐幕派と討幕派の激しい抗争が行われた所でもある。最後の将軍・徳川慶喜が大政奉還を行った後は、混乱に拍車がかかり、幕府軍と官軍の戦い“戊辰戦争”へと発展することとなる。
東京遷都後、京都は衰退傾向にあったが、琵琶湖疏水や路面電車の整備など次々と大規模な事業を立ち上げ、活気を取り戻した。
和装産業に代表される伝統産業が今日も受け継がれる反面、京都に本社を置くハイテク・ベンチャー企業の活躍もめざましいものがある。
現在、市内では伝統の“京町家”を改装した飲食・物販店が次々とOPENして話題をよんでいる。
■幕末~維新の主な人物
孝明天皇 ―幕末激動期に在位した攘夷の天皇。在位21年の間に起こった数々の不幸な事変は、年号を6回も改元されるにおよんだ(弘化、嘉永、安政、万延、文久、元治、慶応)。親幕派であった京都守護職の松平容保をことのほか信頼され、朝政刷新にも尽力された。
徳川慶喜 ―徳川十五代将軍であり、動乱を生き抜いた最後の将軍。二条城で大政奉還を上表、勅許され、新しい国家体制の樹立を目指すが、王政復古の大号令により辞官、納地が決定される。鳥羽伏見の戦いで大敗後、江戸に戻り謹慎生活を送る。晩年従一位勲一等公爵にまで上り詰め77歳で死去。後半生は書画、写真などの趣味の生活を送る。
■主な名所
京都御所 ―京都御苑の中央北部にあり、明治維新の東京遷都までは皇居として使用されていた。現在の御所は元弘元年(1331)に光厳天皇が定めたもの。現在の建物は安政2年(1855)に再建された。
二条城 ―慶長8年(1603)将軍・徳川家康が京都御所の守護と将軍上洛の際の宿泊所として造営。三代将軍・家光により、伏見城の遺構を移すなどにより寛永3年(1626)に完成した。最後の将軍・徳川慶喜が将軍職を継ぎ、大政奉還を行った場所でもある。平成6年(1994)にユネスコ世界遺産に登録される。
05/03/21 19:58
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