ホーム > 新選組のふるさと日野 > 新選組ゆかりの地 会津若松市
会津若松市
・旧会津藩
・戊辰戦争
・会津戦争の地
福島県の西部に位置し、広い盆地と磐梯山、猪苗代湖などの豊かな自然に囲まれた会津地方の中心地。東山、芦ノ牧の温泉地や酒の蔵元、会津漆器などの地場産業が盛んで、平成11年に市制施行百周年を迎えた長い歴史と伝統を育むまち。
会津松平藩二十三万石の城下町として栄えたが、幕末には倒幕派と旧幕府軍の戦いである戊辰戦争の舞台となり、最後まで抵抗し、激しく戦ったが降伏を余儀なくされた。
また、近年はコンピュータ専門の大学として国内随一の規模を誇る会津大学を活用し、最先端技術研究が進められており、古きと新しきの融合を目指している。
■幕末~維新の主な人物
松平容保 ―会津藩藩主。文久二年(1862)に京都守護職を拝命。近藤勇らをお預かりとし、壬生浪士組(のちの新選組)を誕生させる。
齊藤一 ―「一刀流」の流れを継ぐ「無外流」の達人といわれている。新選組三番隊長として活躍、一時脱退するも、復帰。その後は山口二郎と改名、戊辰戦争に身を投じる。会津戦争の際土方歳三と意見が対立、会津に残り、晩年は藤田五郎と改名、会津人として72年の人生を全うした。
佐々木只三郎 ―会津藩士佐々木源八の三男。清河八郎を江戸で暗殺、京都見廻組として新選組とともに京都の治安維持に努める。鳥羽・伏見の戦いで負傷し、和歌山の紀三井寺で死去。享年36歳。
■主な名所
飯盛山 ―山中に白虎隊の墓をはじめ、松平容保の歌碑や石碑が建てられている。
東山温泉 ―天平年間の開湯。土方歳三も湯治に訪れたと言われている。
鶴ヶ城 ―600年の歴史を有する市のシンボル。
松平家院内御廟 -歴代の会津藩主墓所。
- 新選組(幕末)関連史跡・由来を活用した事業
- 事業実施団体
- 会津若松観光物産協会
- 新選組特別事業実行委員会
- 活性化に活用した新選組(幕末)関連史跡・由来名
- 松平家墓所、天寧寺(近藤勇の墓)、鶴ケ城、滝本本陣、清水屋旅館跡(土方歳三宿泊地)、阿弥陀寺(斉藤一の墓)、如来堂(新選組殉難地)
- 新選組(幕末)関連史跡・由来を活用した観光振興事業の内容
- 会津秋祭り(会津藩公行列)
- 新選組(幕末)関連史跡・由来を活用した商店街(商業)振興事業
- 事業実施における効果
- 問題点・課題等
- 事業実施団体
- その他史跡・由来を活用した事業
- 事業実施団体
- 活性化に活用した史跡・由来名
- その史跡・由来を活用した観光振興事業の内容
- その史跡・由来を活用した商店街(商業)振興事業の内容
- 事業実施における効果
- 問題点・課題等
- 事業実施団体
05/03/21 19:55
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会津若松では昨年の大河ドラマ新選組!放映を契機とした會津藩や新選組に関しての関心を一過性のブームとはしないため會津新選組同好会を組織し会津や新選組のゆかりの各地での活動を開始しました。今年は會津白虎まつりや齋藤一忌、會津新選組まつりなどにも積極的に関わって参ります。どうぞ宜しくお願い致します。
投稿者: 會津新選組同好会 局長 佐藤功武 | 投稿日05/04/11