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石田寺(せきでんじ)

−人の心を捉える歳三の生き様−

 宗派は新義真言宗、愛宕山地蔵院石田寺。高幡山金剛寺の末寺でした。5月11日は土方歳三が35年の生涯を閉じた命日。死後百年以上過ぎた今も、5月第2日曜日に行われる「歳三忌」には、石田寺は全国から歳三の追悼に訪れた歳三ファンで埋まります。墓石は静かに若者たちの姿を見つめています。

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土方歳三義豊之碑

 カヤの木の下を墓所に進むと右手に「土方歳三義豊之碑」が立てられています。これは、早くして両親をなくした歳三の親代わりでもあり、家督を継いだ兄、喜六の曾孫にあたる土方 康氏が昭和43年(1968)に明治100年を記念して建立したものです。

 1867年12月(慶応3年)王政復古の大号令があり、翌1868年7月に江戸が東京と改名。同年9月には元号が「明治」と改元されました。

 歳三が亡くなったのは翌明治2(1869)年5月、その時には蝦夷地だった場所も、同じ年には名称も北海道に改められ、開拓使も設置され、北海道の開拓が本格化していきました。この碑から明治100年に込められた子孫の方の想いがはかられます。

土方歳三墓所

 土方歳三の墓所はさらに進んだ所にあります。境内には墓所を示す案内板が立てられており、場所はすぐ判ります。

 5月11日の命日以外でも年間を通して、献花の絶えることはありません。

 戒名は「歳進院殿誠山義豊大居士」。土方家の菩提寺は高幡山金剛寺(高幡不動)であり、歳三の位牌も金剛寺本堂の大日堂に納められています。

 土方家の墓所は金剛寺の末寺であった石田寺にあり、ここに土方歳三義豊の墓石も立てられているのです。

05/03/21 19:50

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