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日野宿名主・佐藤彦五郎
日野宿名主・佐藤彦五郎について
−彦五郎なくしては新選組は語れません−
代々日野宿問屋・名主を務める下佐藤家に文政10年(1827)長男として出生。母は歳三の叔母、妻は歳三の実姉ノブであり、歳三とは大変身近な関係。自宅に開いた天然理心流道場で近藤勇、沖田総司、土方歳三、井上源三郎、山南敬助らが出会うことになります。ここから、新選組の中核となった集団が生まれ、また、彼らを物心両面から支え続けた多摩の人びととの交流が生まれました。
自身も、「農兵隊」を率いて武州一揆を鎮圧したり、八王子壺伊勢屋の不逞浪士捕縛に出動しました。
甲陽鎮撫隊の勝沼戦争には最新式の元込め銃二十挺で武装した「春日隊」を組織して参加し、新政府軍から「彦五郎だけはなんとしても捕らえる」と厳しく追求されました。
最近になって、幕末の日記が発見され、新選組に関する一級資料として解明が期待されています。彦五郎は、明治7年7月の太政官達108号「戊辰・己巳の戦いで王師に抵抗し戦没したものの祭祀を許す...」を受けて有士と語らい、高幡不動尊境内に近藤・土方両雄士の顕彰碑「殉節両雄之碑」を完成させますが、内容が顕彰碑であった為に建立許可が得られず実際に建立されたのは明治21年でした。
05/03/21 15:12
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