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苦節三年、晴れ晴れパレード、新選組が帰ってきた

2010年5月10日、全国から参集した隊士たちはパレードをやり遂げ、まつりの後の充実感とともに再会を誓い、新選組のふるさとひのから、それぞれの故郷へ帰って行きました。

その時は、よもやそこから3年もの間、忍耐を強いられることとなるとは、誰も想像すらしていませんでした。

翌、2011年東日本大震災は全国を揺るがし、その揺れは隊士たちが歩むはずだったその道も閉ざすこととなりました。

そして昨年、再会を喜び参集した隊士を打ち砕いたのは、卑劣な爆弾予告でした。

パレードは行程を縮小、有終の姿を披露することはできませんでした。

しかし、それにもひるむ事なく、明日への希望を語っていた姿が印象的でした。

そして、5月12日、その日がついにやって来ました。


日野宿会場は全長500m

江戸時代には甲州街道の宿場だった日野。

新選組誕生150周年と日野市制施行50周年が重なった今年、ひの新選組まつり隊士パレードは、日野宿を通る甲州街道を全面通行止にして行われました。

日野宿の道筋は当時のまま、土方歳三、近藤勇、井上源三郎、沖田総司ら新選組隊士が実際に歩き、語らったその場所です。

車が居なくなった道はそれだけで当時へと想いを巡らせるのに十分な演出。

そこをだんだらを翻しながら隊列を組む新選組隊士たち。

数日前まで心配されていた雨もどこかへ吹き飛び、第16回ひの新選組まつり隊士パレードはこれ以上ない晴天の光と声援を受けて輝きました。

 

ひの新選組まつり隊士パレードは、単に新選組の衣装をまとい歩くだけではありません。

朝、一日の全ては、高幡山金剛寺、土方歳三の位牌が納まる大日堂前での出陣式から始ります。


これからが本番です


飛び入り参加の隊士も

一番隊から十番隊までの精鋭たちは、ここで初めて「隊士」になるのです。

「隊士」の姿をまず披露するのが、土方歳三像前での法楽。

土方歳三像の横には、佐藤彦五郎ら多摩の新選組支援者たちが近藤、土方らの功績を讃えた「両雄殉節の碑」も建てられています。

 



出発前に法楽が営まれました

高幡不動尊参道に乗馬した土方歳三、近藤勇を先頭に一同に介した隊士たちの隊列が勝鬨とともに動き出した時、待ちに待ったパレードが始まります。

お不動さんに向かって進む隊士たちの眼に飛び込むのは、応援に駆けつけた観客と青空にはえる五重塔です。

隊長たち

パレードで各隊を率いるのが前日の隊士コンテストで選出された「隊長」。

同じく新選組結成150年を記念して選ばれた面々の勇姿です。


新選組副長 土方歳三


六番隊隊長 井上源三郎


新選組局長 近藤 勇

 


一番隊隊長 沖田総司


二番隊隊長 永倉新八

 


三番隊隊長 斉藤 一


七番隊隊長 谷 三十郎

 


八番隊隊長 藤堂平助


十番隊隊長 原田左之助

 

新選組結成150周年特別枠


新選組局長 芹沢 鴨


新選組参謀 伊東甲子太郎

 


新選組総長 山南敬介


土方歳三小姓 市村鉄之介

新選組パレード

高幡不動尊参道でのこじんまりとしてはいるものの、重みを感じさせたパレードに続き、日野宿会場は一転明るい晴れ舞台。

全長500m、車がいない甲州街道、日野宿会場は隊士と観客に埋め尽くされました。

みなさんの勇姿をご覧ください。



一番隊


二番隊


三番隊


四番隊 たましん


五番隊 日野自動車


六番隊


七番隊


八番隊


九番隊
日野市明るい社会をつくる会


十番隊


ちびっこ新選組


少年剣士隊




会津藩
会津新選組同好会


会津奴隊


実践女子大学 娘子隊


滝野川新選組隊


新選組!茨城玉造隊


白河新選組同好会


宮古藩海戦の会


蝦夷新選組


蝦夷新選組


新選組と出会った人々


西洋流火術鉄砲隊

日野宿会場

市制施行50周年

今年のひの新選組まつりの中心となった日野宿会場では、市制施行50周年を祝うパレードや様々のパフォーマンスやイベントが行われ、また沿道の企業や施設の駐車場を利用した模擬店も賑わいを見せました。



開会式直後に新選組隊士パレードの先陣を切ったパレードでは市内中学校合同の吹奏楽も披露、かわいい園児たちによる「ミニ新選組パレード」には暖かい声援が送られていました。

八坂神社の大太鼓や街道沿いの地元からはお神輿や山車も繰り出し、会場を盛り上げてくれました。

 




 

八坂神社

日野宿の鎮守、八坂神社では天然理心流奉納額が公開され、これまでにない800人以上の見学者が訪れました。

境内で開かれた氏子や消防団による模擬店も大盛況、売切れの事態に嬉しい悲鳴。

少年剣士たちの奉納試合、天然理心流勇武館演武、全日本刀道連盟演武とめったに見られない剣の技も披露され、観客の大きな輪が囲んでいました。

模擬店盛況


昨年までのメイン会場だった日野中央公園では模擬店は道路を挟んだ向かいの市民プラザに集められ、会場とは少し離れた感がありました。

今年は500mもある会場に分散した形となったものの、会場と一体となってしっくりとしていました。

また、多摩信用金庫や大東京信用組合などは独自に模擬店を開いたり、交通止めによって影響を受けるはずのガソリンスタンドがゆかりの地の模擬店会場に場所を提供したりと、地元もひとつとなって、まつりを盛り上げていました。

今春開店した観光案内所の売店も「想定外」にてんてこ舞い。

売切れ品続出で、お客様にご迷惑をおかけしてしまいました。

 

 
 

会場では

日野の子どもなら誰でも知っているJCN日野ケーブルテレビのマスコット「ぴーの」もまつりに合わせてだんだら羽織を新調、子どもたちに囲まれて、(捕まって?)記念写真に大奮闘です。

パレードの間隙にはおなじみエルプロダクツや志道塾による殺陣パフォーマンスが行われているかと思えば、その隣ではフラダンスショーに歌謡ショー、その脇を日野自動車ラグビー部レッドドルフィンズの猛者による駕篭が行き来するいった塩梅。

さらに今秋は東京国体で日野市も競技会場となるとあって、アスリートを招いたトークショーやマスコット「ユリート」も登場して、これはどこのテーマパークも真似できないと思えるほど。

 

 
 

高幡へ帰陣

日野宿会場でのパレード最中、高幡不動参道では、パフォーマンスや歌謡ショー、「たかはた着物クィーンコンテスト」が行われ、主役を勤めている隊士たちの帰還を待っていました。

高幡不動尊は朝とはうって変わって、いつもの表情を取り戻し、被災地支援のお店のみがまつりの最中であることを伝えていました。



3時、日野会場と高幡会場間の送迎をしてくれた、日野自動車社有のデラックスバスから次々と浅葱色の羽織が降り立つにつれ、にわかに街がざわめき出しました。

出立の時とは反対に高幡不動尊から参道を埋める観客のもとへ、一番隊から順に帰陣の報告。

土方歳三、近藤勇らパレードの先頭を切っていた幹部も見守る中、一般隊士たちが主役の行進です。

朝とは明らかに違う新選組隊士がそこにはいました。

一日ともにした隊長を中心として、まとまり、どこか遠慮気味で恥ずかしげだった歩みは消え、自信に満ちた顔顔。

最後の隊列が過ぎ去った後、しばし安堵と少しの寂しさが混ざった静けさが参道に流れ込みました。

 

退陣式、そして

第16回ひの新選組まつりも最終幕。

柔らかく西に傾いた日射しを受けた新緑が隊士たちを見守る中、土方歳三像の前に居並んだ隊士たち。

「来年こそは、最後までやりとげよう!」、昨年そう激を飛ばした、15代目土方歳三の顔もその中にありました。

「来年もまた日野に集ってくれ!」、そう最後の言葉で締めくくったのは、新選組はこの人なくては、歴史の舞台に登場しなかったであろう、佐藤彦五郎に粉した日野市長。

土方歳三の先導で、「エイエイオー!、エイエイオー!」と、最後の勝鬨。


ここまで3年かかって、やっとたどり着きました。

出陣の勝鬨が青空に吸い込まれて行ったのに比べ、終わりの勝鬨は境内に響き、隊士たちを来年へと誘っていました。

新選組隊士としての、責任から解き放されたみなさんのまつりはまだ続きます。

プログラムには載っていない、ひの新選組まつりの恒例プラスワン。

慌ただしく朝からのスケジュールをこなしている間は、参加者同士の交流を図るのは難しく、写真撮影もままならず、ましてや観客のみなさんとも触れ合う時間はあまり取れません。

しばらくの間、退陣式が終った境内は、衣装を着た参加者も観客も混じり合う交流の場となります。

もうそこには、隔てるものはなにもありません。

憧れの隊士との記念撮影は順番待ち。

どこに潜ませていたのか、参加者のみなさんの手にもカメラ。

仲間との記念写真を撮ってもらおうと、ずらりと地面に置かれたカメラ一つ一つに今日が刻まれていきます。

今回、多くなったな、と実感できた外国人観客のみなさんのリクエストの気さくに応じる姿。

家族に改めて晴れ姿を披露する、おとうさん。

 
 

境内がまつりの余韻から醒めるのは、もう少し、辺りが暗くなりかけるころになります。

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平成26年5月11日午前9時30分 高幡山金剛寺大日堂前出陣
隊士参集のこと
 
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